岳南朝日新聞7月掲載されました

毎月第2木曜日、岳南朝日新聞に母力コラムを掲載いただいています。 コラムタイトルは「母に必要なチカラって何だろう?」です。

7月はメンバーの佐野沙保里が『子育て期は親の受援力を育む時』をテーマに書きました。

以下より全文お読みいただけますので、ぜひ読んでみてください。




子育て期は親の受援力を育む時


断ってしまったことありますか?

現在関わっている仕事で、子育て支援に長年携わっている先生からお話を伺う機会があり、考えさせられたことがあった。

子連れでお出かけ中、善意でお声がけを頂いたのに、パニックと申し訳なさのあまり、「申し訳ないので!!大丈夫です!!すみません!」と断ってしまったことがある。

落ち着いてから、とてもありがたかったのに申し訳ないことをしてしまったな。勇気を出して声をかけてくれたのではないかと思うと、後悔の念に駆られたのであった。

私は親切な方のお申し出をどうして断ってしまったのか。心の中に「他人に迷惑をかけずできるだけ自分一人の力で頑張る」という偏った気持ちが少なからず根っこにあったからだと思う。


挫折だらけの第一子乳児期 ~どうした私?!~

なぜ私がそのような思考に陥ってしまったのか。結婚前、全国転勤をしながら男性の多い職場で昼夜問わず働いてきた私は、自分の体力には少なからず自信があった。子育ても、その時の辛さに比べたらどうにでもなるだろうと思っていた。

そして迎えた出産後。慢性的な睡眠不足に加え、母乳があまりでなかった。今考えると、完全母乳にこだわらなくたって全く心配ないのだが、当時は挫折感いっぱいで母乳についてスマホで調べてばかりいた。

睡眠不足で頭は回らず、今までできていた、2つ同時に何かをすることができない。何でもすぐに忘れてしまう。頻回授乳で身体が凝り固まり、テレビでやっていたラジオ体操すらできない。産後は当たり前なのだが走ることができない。今になると全て、「そんなの当たり前だよ!!通常の状態とは大違いだよ!!」と思うのだが、当時はできないことが多すぎて、ひたすら「こんなに何もできないなんて、いったい私どうしたの??」と大きな挫折感を感じていた。

毎日授乳とおむつ替え、理由がわからず泣く我が子との生活にとにかく疲れ果てていた。24時間、この小さくて壊れそうな我が子を何としても死なせないように常に緊張している状態、そしてその責任は全て母親である私にかかっているということ。これは想像以上に大変なことだった。

すれ違った方に「まぁかわいいね、今が一番幸せな時ね」と言われた時も、全くそうは思えない私がいた。我が子は産まれてきてくれて本当に嬉しいし、命に代えても守るべき存在であると感じているものの、幸せいっぱいというよりは必死過ぎて全く余裕がなかった。自分のできないことばかりに目が行き、幸せと思えない自分は母親として失格なのではないだろうか。せめて周りの方に迷惑をかけないように、自分で何とかしなければと思っていた。加えて生来の意地っ張りな性格が災いし、だめな母親と思われたくないから一人で解決しようと思っていた。今思い返しても、人生で一番自己肯定感が低かった時期である。それなのに、「子どもの自己肯定感を上げるには」のような本を読んでいたのだから皮肉なものである。


誰にも頼らずに育児はできない

そんな私が働くようになり、子連れで出勤したときに「迷惑かけてもいいよ、気を遣わなくてもいいよ」と周りの皆に言われることが多くある。

また子育てに関する講座を受講する機会もあり、次第に私はこれまで意地になるように一人で全部やらなきゃと思い過ぎていたなと感じた。今となっては、一人で誰にも頼らず育児をするなど無理な話だったのだと感じる。

 出産後、かつての私のような精神状態に陥っているお母さんは少なくないだろうと思う。人との触れ合いを制限されているコロナ禍の現在ならなおのことだろう。

現在私は「ベビ*ステ事業」という、子育て中の方が赤ちゃんと外出しやすくなる社会を目指す事業に関わっている。子育ての大変さや辛さを感じているお母さんが少しでも、私だけではないのだとほっとしたり、笑顔になれることが増えますようにと思いながら仕事をしている。産後に大きな挫折感を味わった私だからこそ、その想いは強い。

タイトルの言葉は昨年受けた子育てに関する講座で一番心に残った言葉である。そして親が周りの人たちに頼ったり、助けられたりすることは、それを見て育った子どもの受援力にも将来つながるということだった。その通りだなと思う。私もまだまだ受援力の勉強中。今度こそ、子連れで出かけた際に誰かに優しくして頂いたら笑顔で「ありがとうございます」と言いたいと思う。



文・写真 佐野沙保里